igawa's Blog

おもに読書と本に関するブログですが、Mac/iPhone、数学、音楽の話題など例外の方が多いかもしれません。

エーリッヒ・フロム「愛するということ」(鈴木晶 訳、紀伊国屋書店)

NHK Eテレの「100分de名著」で先月紹介されていたエーリッヒ・フロムの「愛するということ」を読みました。20年以上前に買っていた本ですが、その番組を観なければ一生積ん読のままだったかもしれません。 

愛するということ

愛するということ

 

この本は、1956年にアメリカで出版されていますので、60年近くも読みつがれている世界的ロングセラーです。人間の本質的な部分について書かれた格調高い書物で、背筋を伸ばして読む必要があるような雰囲気を感じます。

本の概要

「愛するということ」というタイトルですが、何十年も版を重ねる本が、男女交際マニュアルの類いであるはずはありません。

著者は「はじめに」で、こう言ってます。

愛というものは、その人の成熟の度合いに関わりなく誰もが簡単に浸れるような感情ではない、ということである。

この本は読者にこう訴えるーーー自分の人格全体を発達させ、それが生産的な方向に向くよう、全力をあげて努力しないかぎり、人を愛そうとしてもかならず失敗する。満足のゆくような愛を得るには、隣人を愛することができなければならないし、真の謙虚さ、勇気、信念、規律をそなえていなければならない。

ここだけ読むと、ずいぶん難しそうですね。確かに難解な部分もありますが、非常に読みやすい日本語に訳されてますので、翻訳書にありがちなストレスは全くありません。(訳者の鈴木晶さん、いい仕事してます)

愛は技術である

原題は「The Art of Loving」、つまり愛の技術です。本書は「愛は技術である」という前提を理解するところから出発します。

愛というのは、知識や努力が必要な技術ではなく、母性愛のように生得的なものであり、一目惚れのように自然発生的なもの、というのが一般的な感覚でしょう。でもそれは、間違った三つの考え方が組合わさった「奇妙な態度」だと著者は言います。その3つの誤解とは・・・。

第1の誤解

たいていの人は愛の問題を、愛するという問題、愛する能力の問題としてではなく、愛されるという問題として捉えている。つまり、人びとにとって重要なのは、どうすれば愛されるか、どうすれば愛される人間になれるか、ということなのだ。

愛される人間になるために、男性は社会的に成功し富と権力を手に入れることを目指し、女性は外見を磨いて魅力的になることに力を入れています。しかし、愛されることを目的としているこの態度は、愛することとは何の関係もありません。

第2の誤解

愛の問題とはすなわち対象の問題であって能力の問題ではない、という思いこみである。愛することは簡単だが、愛するにふさわしい相手、あるいは愛されるにふさわしい相手を見つけることはむずかしいーーー人びとはそんなふうに考えている。

二つの理由から、こういった誤解が生じたと考えられています。

一つは、決められた相手と結婚した後で愛が生まれるものだと昔は考えられていたのが、 西洋社会に広く浸透した自由な恋愛という概念によって、能力よりも対象の重要性の方がはるかに大きくなったこと。

もう一つは、現代の市場経済に似て、欲しいと思う商品(相手の魅力)と自分が持っているお金(自分の価値)とが、交換可能だと思ったときに取り引きが成立する(恋に落ちる)ような交換パターンになったこと。

第3の誤解

恋に「落ちる」という最初の体験と、愛している、あるいはもっとうまく表現すれば、愛の中に「とどまっている」という持続的な状態とを、混同していることである。 

互いに夢中になった状態や頭に血が上った状態を、愛の強さの証拠だと思い込んでしまいます。ところが実は、それは二人がそれまでどれほど孤独であったかを示しているにすぎないかもしれません。

 

多くの人類の皆さんと同様に、私も完璧に誤解してました。しかしおそらく、誤解だと言われてもピンと来ないと思います。この後に述べられる愛の理論を読んではじめて自分もその意味がじわっと分かりました。

愛の技術を学ぶために

「愛は技術である」と知ることは第一歩にすぎません。どうすれば人を愛することができるようになるのでしょうか。

それは、音楽、医学、大工仕事などの技術を学ぶときと同じように、

  1.  理論に精通すること
  2. その習練に励むこと

というステップが必要です。

第2章以降はそのステップに沿って、本書の中核である愛の理論及び愛の習練方法が展開されます。理論の出発点として、

  • 人間の愛情は動物がもっている本能的な愛情とは何が違うのか
  • 人間が自然界からどのようにして超越しようとしてきたのか など

人間の存在というような深遠な世界から始めなければ、愛の理論には到達できないようです。若干回りくどいようには感じますが、人間の本質論から理解できるからこそ、フロムが主張する兄弟愛、異性愛、自己愛などさまざまな愛について応用的に理解することができると思います。

 

しかしながら、一回読んだだけでは難しいのも事実。何度か読み返したいと思います。それにしても、価値ある本です。

 

愛するということ

愛するということ

 

 

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