igawa's Blog

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小池龍之介『しない生活』〜煩悩を静める108のお稽古〜

 

地下街の小さな本屋で偶然手に取った、小池龍之介『しない生活』を読みました。 

しない生活 煩悩を静める108のお稽古 (幻冬舎新書)

しない生活 煩悩を静める108のお稽古 (幻冬舎新書)

メールの返信が遅いだけで「嫌われているのでは」と不安になる。
友達が褒められただけで「自分が低く評価されたのでは」と不愉快になる。
人はこのように目の前の現実に勝手に「妄想」をつけくわえ、 自分で自分を苦しめるもの。 この妄想こそが、仏道の説く「煩悩」です。
煩悩に苛まれるとき役に立つのは、 立ち止まって自分の内面を丁寧に見つめること。 辛さから逃れようとして何か「する」のでなく、 ただ内省により心を静める「しない」生活を、 ブッダの言葉をひもときながらお稽古しましょう。(Amazon内容紹介より)

著者はお寺の住職なのですが、ウェブサイト『家出空間』の運営や執筆活動など積極的に展開している方です。住職に就職するため住職申請を行ったものの、本願寺派の教義に反した活動・出版をしたとして不許可処分を受けるなど、多彩な経歴も有しているようです。

本書は、新聞に毎週連載されていた「心を保つお稽古」から108本を選んで一冊の本に編まれたものです。おおざっぱに言うと自己啓発書の範疇に入ると思いますが、仏教の視点から書かれているせいか、もう少し次元の高い内容に感じました。

参考になった項目はたくさんありましたが、108項目のうち3つほど紹介します。

 

35 謝るときはよけいな言い訳を付け加えない

「ごめんね、確かにそうだと思う。これから気をつけるよ」と言えたとしても、しばしば「蛇足」を付け加えてしまいたくなるものですねえ。先の例ですと、「ただ実はね、あのときだけは違っていて、仕事があまりにも忙しくて余裕がなかったんだ」ですとか。

確かに、少しでも相手の誤解を解こうと思って、私もこういった蛇足を付け加えてしまいます。これは逆効果なんですね。正しさへの欲望を手放して、相手の発言に間違いや誤解があっても、言葉少なに相手の顔を神妙に見て、じっくりとうなずきましょう、とのことです。

 

37 「自分を理解させたい」病同士の寂しいすれ違い

仕事相手のかたが、「長時間のご講演、大変でしたね。疲れたでしょう?」とせっかく尋ねてくれたのです。が、私は、こう答えてしまいました。「いえ、全然疲れてませんよ。調子の良いときは、疲れないものです」

「いや・・・」と訂正すると、相手はコミュニケーションそのものを受け止めてもらえなかったかのように感じます。「実際に疲れているかどうか」が大事なのではなく、単に「あなたのことを気にかけているよ」というメッセージを伝えたいだけなんです。相手を理解しようとせず、自分を理解させようとするばかりで寂しくすれ違ってますよ、とのことです。

 

48 「体を保つ」基本は、食事を腹七分目にとどめること

人体の仕組みが形成された原始時代、生き延びるための栄養は乏しく、人々は飢餓状態が普通でした。ですから生存確率をあげるべく、高カロリー源を摂取すると大いに快楽を感じるようプログラムが組み込まれたのでしょう。

精神論の本書に、まさか食事の項目があるとは意外でした。少食が体にいいことは分かっていますが、ついつい食べ過ぎてしまいます。糖質、脂質、たんぱく質が舌に触れると脳内に快楽物質ドーパミンが分泌される仕組みになっているので、甘い物の罠にはまらないように腹七分目のお稽古をしましょう、とのことでした。

 

ときどき自分の行動を振り返るために、手元に置いておきたい一冊です。

数年前、同じ著者の『考えない練習』という本も読んでいますが、全く覚えていませんので、再読して報告します。

ではまた…

 

考えない練習

考えない練習