中島敦『山月記』と安部公房『公然の秘密』
高校の教科書に載っている二つの短編、中島敦『山月記』と安部公房『公然の秘密』を読みました。
「人間の探求」という単元で教材として採り上げられている小説です。単元の目標としては、次のように書かれています。
- 小説を読むことをとおして、自分とは何か、人間とは何かについて考えを深める
- 優れた小説が、構成の面と表現の面でどのように工夫されているのかを学ぶ
どちらの作品も短いながら、さすがに高校の国語の授業で使われるだけあって、考えさせられる内容でした。
山月記
自分が高校の時にも教科書にあったことは覚えていますが、タイトルのほか漢文調の文体と雰囲気の暗い話であること以外は、キレイさっぱり記憶から消去されてました。
いま思えば、国語があまり好きではなかったこともあり、この小説の内容を深く感じ取ることなく、やり過ごしていたんだと思います。
(もちろん、当時は人生経験が少ないので、ちゃんと読んでいたとしても、今回とは全く違う感じ方をしたでしょうけど)
それから30年以上も過ぎ、あらためて読んでみて、教科書でわずか14ページの作品ですが、結構インパクトのある作品ですね。人間の心の奥深いところまでえぐられるようです。
この小説の核心とも言えるキーワードが、「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」。
二つの心をコントロールできなかったため、李徴(主人公)が人間から虎になっていくことが、一つの大きな読みどころでしょう。
現代社会を生きる人はみな、大なり小なり、プライドと妥協の狭間で常に葛藤が起こっていると思いますが、うまく折り合いをつけていくことが生きていくこととも言えます。その辺の微妙な心理を中島敦は「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」という言葉の中に凝縮して見事に表現していると思います。
内容の奥深さもさることながら、格調高い文体と短編としての完成度に脱帽いたしました。繰り返し読んでみたくなる傑作です。
公然の秘密
安部公房のこの短編もまた、よく考え抜かれた作品ですが、山月記のことをいろいろ考えていたら、今日は力尽きました。すみません。
印象的な部分を引用させていただくだけにしておきます。
「あそこに象がいることは、誰もが知っていた。いわば公然の秘密でしたね。しかし、いないも同然だと信じていたからこそ、許せもしたんだ。」
「いるはずのないものが、いたって、いないも同然でしょう。」
「しかし、存在しないものは、存在すべきではない。」
「腐りきるまで、あの中でじっと待っていてくれりゃよかったのに…。」
ぼくらの間には、しだいに殺気がみなぎり始めていた。当然だろう、弱者への愛には、いつだって殺意がこめられている。
やがて仔象は、古新聞のように燃え上がり、燃え尽きた。
なぜか、中島義道『「対話」のない社会 〜思いやりと優しさが圧殺するもの〜』を思い出してしまいました。
おわりに
あまり短編は読まないのですが、無駄な贅肉のない研ぎすまされた文章で、これだけ奥深い内容の小説は、なかなかなかと思います。
実はこれまで無意識的に短編を軽視していたことを、今回反省させていただきました。
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