igawa's Blog

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渡辺明『勝負心』(文春新書)

将棋のプロ棋士 渡辺明さんの『勝負心』を読みました。

自分は初心者レベルで、ほとんど指すことはないのですが、将棋にはなぜか興味があって、谷川浩司さんの『集中力』、羽生善治さんの『決断力』を過去に読んだことがあったので、手にとってみたものです。

 

勝負心 (文春新書 950)

勝負心 (文春新書 950)

 

 

渡辺さんは、中学生でプロ棋士となり、20歳で棋界最高といわれる「竜王」位を獲得されています。その後さらに連覇を続け、初代「永世竜王」の資格者となっていますが、「羽生世代」からは一回り以上も年下です。

本書は、これまで無数の勝負を経験することで、勝負というものが何たるかを身をもって学んできた渡辺さんが、人間同士が対峙する将棋という勝負の厳しさと奥深さ、そして勝負を制するために必要な心構え、すなわち「勝負心」を伝えるものです。

 

2008年の竜王戦は、挑戦者羽生さんとそれぞれ永世竜王(渡辺さんは5期連続、羽生さんは通算7期)を賭けた戦いだったのですが、渡辺さんが3連敗の後4連勝するきっかけとなった第4戦目終盤の出来事に驚きました。羽生さんがあと一手指したら投了しようと諦めていたとき、羽生さんが水を飲んでいたわずかな時間に逆転の一手を思いついたという話です。
そのほか、将棋ファンではなくても興味深いエピソードが満載で、楽しく読めました。

 

本書を読んでいて、私が面白いと思ったのは、勝負心に関する部分ではなく、先輩棋士の著書や哲学に対する反論です。その相手は、羽生さんと米長さん。

 

羽生さんの感覚について

「直感の七割は正しい」

羽生さんの著書『決断力』(角川書店)にある格言である。

将棋界では納得している棋士も多いと聞く。しかし、羽生さんに敬意を覚える私も、この言葉をそのまま受け入れることはできない。

何となくおっしゃりたいことは分かる気もする。しかしなぜ七割なのか。おそらく統計を取ったわけでもないだろう。 

 

米長哲学について

たとえば「自分にとっては消化試合でも、相手にとって重要な勝負こそ全力を尽くすべき」というのが米長永世棋聖の持論だ。そういう勝負で頑張った棋士にこそ、勝利の女神は微笑むのだ、と。

米長哲学は、将棋の美学を示すものとして、将棋界では長きにわたって大きな影響を及ぼしてきた。実際に多くの棋士がその教えを信じていると聞く。

しかし、私は以前から、米長哲学には素直にうなずけなかった。なぜなら、あまりにも非論理的な内容だからである。

確かに、何となく格好良くは聞こえる。しかし、理論に基づいた考え方を好む私には、抽象的な表現に思えてならないのだ。

それぞれについて、よく考えてみると、渡辺さんが正しいとか間違っているとかではないと思います。一見反対のことを言っているようですが、それぞれの考えは正しくて、矛盾しているわけではありません。
しかしながら、傍目には著名な先輩棋士に楯突いているように思えるので、持論を述べることは否定しませんが、逆効果になっていないか少し心配してしまいました。


そういう怖いもの知らずっぽい所もある反面、棋界最高位の一つ「竜王」の永世称号を有しているわけですから、人間的にも一流であることが求められます。
若干低俗な例ではありますが、おやつの扱いに関する下記の考え方は、プロとしての立派な考え方だと思います。

些細なことに思われるかもしれないが、おやつ一つを食べるにしても、気をつけていることがある。

タイトル戦の対局では、午後三時におやつが出される。それを食べるタイミングについて、私は、自分なりのルールを定めている。自分の手番のときに食べるのだ。

自分の手番ではないときは、相手の考慮時間であるから、なるべく目障りなことはしたくない。こちらの動きが、思考の妨げになっては申し訳ないからだ。 

 

本書は、十連覇がかかった2013年度の竜王戦の前に書かれていますが、残念ながら森内名人に敗れたようです。

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表紙(帯)の写真を見るかぎり、どうみてもイケメン棋士ではありませんが、本書を読んで、その考え方には共感することも多く、応援したくなりました。

天才・羽生善治が最も恐れる男らしいので、渡辺棋士の動向には注目しておきたいと思います。