池澤夏樹『池澤夏樹の世界文学リミックス』
先日のエントリーで、池澤夏樹の『世界文学を読みほどく』を紹介しました。
池澤夏樹『世界文学を読みほどく』を読んだ(その1) - igawa's Blog
池澤夏樹『世界文学を読みほどく』を読んだ(その2) - igawa's Blog
この本は、2003年に著者が京大で行った7日間の講義録がベースになっていて、合計10編の小説を読みほどき、文学史上の位置づけや他の作品に与えた影響などについて解説したものです。
その池澤さんによる世界文学関係の本が他にもあることを知り、『池澤夏樹の世界文学リミックス』を読みました。
本書は、2007年11月より河出書房新社から刊行された『世界文学全集』全30巻を個人で編集された池澤さんが、その『世界文学全集』の宣伝を兼ねて「夕刊フジ」に連載されたコラムを集めたものです。
「夕刊フジ」のコラムですから、文章も簡潔で短く、かつ軽いノリで書かれており、『世界文学を読みほどく』よりもかなり楽に読めてしまいます。79のコラムが収録されていて、それぞれのコラムは3ページぐらいしかありません。
本書には、全部で74の小説が紹介されていますが、そのなかで読みたいと思った作品を5つ紹介します。
(書名の前の言葉は、コラムのタイトルです。)
博打だよ、人生は|『存在の耐えられない軽さ』
存在の耐えられない軽さ (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-3)
- 作者: ミラン・クンデラ,西永良成
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2008/02/09
- メディア: ハードカバー
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人生には選択肢がある。どっちを選べばいいか迷うけれど、実を言うと、一方を選んだら他方の結果はわからない。
車で走っていて、前方に渋滞が予想される。コースAを行くかコースBにするか、考える。だけど、同時に二台の車で走ってみないかぎり、AとBのどちらが早かったかわからない。異性を選ぶときだってそう。(中略)
まあ、そういうわけで人生は軽いんだ。それは耐え難いことだと思うのが普通だけど、だからいい加減でいいという考えかたもある。
私の身近に「あの時なぜ〜しなかったのだろう」といつも悔やむ人がいます。そんな後出しジャンケンが可能なら苦労しないんですけどね。
若くて美貌の作家たち|『悲しみよこんにちは』
太平洋の防波堤/愛人 ラマン/悲しみよ こんにちは (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-4)
- 作者: フランソワーズ・サガン,マルグリット・デュラス,田中倫郎・清水徹,朝吹登水子
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2008/03/11
- メディア: 単行本
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で、若い美貌の女性のデビュー作の話。
フランス文学でいうと、『悲しみよこんにちは』がその典型だ。作者はフランソワーズ・サガン。この作品が出版された時、彼女は十八歳だった。
古典的な均整というか、ともかく一分の隙もない小説だ。最初から最後まで一行残らずきちっと作られている。完璧というのはこの本のことという感じ。
綿矢りささんと金原ひとみさんを思い出します。読んだことはありませんが。
きみは何を裏切るか?|『ヒューマン・ファクター』
モーリスは実は自分の国を裏切るスパイだった。いちばん危ない時にセイラの脱出に手を貸してくれたのがソ連の情報組織で、その恩義があるので彼は本国へ戻ってから情報をこっそり東側へ送っていた。その情報漏洩に上層部がうすうす気づいたらしく、密かな調査が始まる。
グレアム・グリーンは本当にうまい作家だ。ものすごくイギリス的で、それに小道具の使い方が巧妙。
別の何かの本でもオススメされていて気になっていたスパイ小説。
筋が通らない|『失踪者』
失踪者/カッサンドラ (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 2-2)
- 作者: フランツカフカ,クリスタヴォルフ,池内紀,中込啓子
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2009/02/11
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それまで人は、世の中は筋が通っていると信じて生きていた。努力をすれば報いがあり、家を建てようとすれば家が建つ。だから人は計画的に生きていける。未来に意味がある。
でもカフカは、生きるというのは世界のナンセンスに耐えることだ、と気づいた。家を建てるつもりが、どうやっても牛小屋になってしまうとか。笑っておしまい、ならば普通の喜劇だけど、カフカの主人公はそこで本当に牛を探しに行く。(中略)
一事が万事、そういう生真面目な努力と歪んだ世界の不整合がテーマだ。
『変身』も再読したい。
メキシコとアメリカの仲|『老いぼれリンゴ』
パタゴニア/老いぼれグリンゴ (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 2-8)
- 作者: ブルース・チャトウィン,カルロス・フエンテス,安藤哲行,芹沢真理子
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2009/06/11
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混血であるのが典型というのがメキシコなんだ。国民の六割までは混血。これがどういう意味か、アメリカと比べるといい。アメリカは多民族国家だけれど、先住民と白人の混血はほとんどいない。北米に並んだ二つの国でどうしてこうまでも違ってしまったのか?(中略)
そう。アメリカでは殺した。メキシコでは犯した。それが二十世紀にアメリカが発展してメキシコが立ち後れた理由だとしたら?悪事としてどちらの方がたちが悪いか?(中略)
ぼくが旅をした印象では、アメリカよりもメキシコの方がずっと楽しい。人が人の顔をしているし、食べるものもみなジャンクではなく本物。一年住むとしたら、アメリカではなくてメキシコを選ぶ。
とにかく面白そう!
参考
コラムの連載をすべて収録した<完全版>もあります。
本記事の冒頭で紹介した本はこちらです。