igawa's Blog

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ポール・オースター『偶然の音楽』

アメリカの小説家ポール・オースターが1990年に発表した長編『偶然の音楽』(新潮文庫)を読みました。

妻に去られたナッシュに、突然20万ドルの遺産が転がり込んだ。すべてを捨てて目的のない旅に出た彼は、まる一年赤いサーブを駆ってアメリカ全土を回り、十三ヵ月目に入って三日目に謎の若者ポッツィと出会った。望みのないものにしか興味の持てないナッシュと、博打の天才の若者が辿る数奇な運命。現代アメリカ文学の旗手が送る、理不尽な衝撃と虚脱感に満ちた物語。

(表紙裏より引用)

『偶然の音楽』というタイトル(原題は“The Music of Chance”)からも分かるとおり、音楽が重要な位置を占めていて随所に登場するのですが、それがなぜクラシック音楽なのかはよく分かりませんでした。

世の中の出来事はほとんど偶然によって織りなされていることでしょうか、運命、絶望、孤独、理不尽、不自由、破滅といったような言葉に象徴される物語です。 

偶然の音楽 (新潮文庫)

偶然の音楽 (新潮文庫)

 

ひょっとしてモーツァルトハイドンに捧げた四重奏曲のどれかだろうか。あるいはその逆かもしれない。そのうちに、二人の作曲家の音楽が触れあっているような気がして、それからあとはもう、二人を区別するのは不可能だった。とはいえ、ハイドンは天寿を全うし、数々の作曲依頼、宮廷音楽家の地位、その他当時の世界での望みうるあらゆる栄誉と恩恵を受けた。一方モーツァルトは極貧のうちに若死にし、死体は共同の墓穴に投げ込まれた。(p316)

終わりの方で、何かを暗示するように、ハイドンモーツァルトのこのような対比が突然あらわれたあと、それまで鳴り響いていた音楽が突然途絶えたところから、衝撃的な結末へと向かいます。一瞬静寂になる部分が最も印象的でした。

 

全編飽きさせることなく話が進んでいくと同時に、筋書きが読めず、予測できない方向にストーリーが展開していくので、主人公の体験する内容が厳しい割には面白く読めました。おそらく忘れることのないインパクトのある作品です。

 

表紙の絵をよく見ると、ハムスターの回し車、ピアノの鍵盤、ドライバーズシートが組み合わさった心象画もまた作品を印象的に表しています。

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読みやすい翻訳だなと思っていたら、訳者は先日読んだ『トム・ソーヤの冒険』と同じ柴田元幸さん。この小説もまた、ものすごく自然に読める日本語になっていて、翻訳ものだとは気づかないくらいです。

この小説を読むきっかけとなった、沼野充義編著『世界は文学でできている』では、次のように紹介されています。

これは先ほど話に出たポール・オースターの作品で、流れるような文体のリズムとか調子が、非常にうまく訳されていると思います。柴田さんの訳はオースター以外のものも素晴らしいのですが、柴田訳を読んでいて本当にすごいと思うのは、ある一定のレベルでぶれずに最後まで訳しきっているところです。これは、非常に難しいことだと思います。つまり、ある部分だけを凝った訳にしたりすると、他の箇所とのバランスが取れなくなるものです。柴田さんはおそらく90パーセントぐらいの力を使いながら、その水準を最後まで落とさないような翻訳を目指しているという気がします。

新潮文庫から出ている他のオースターの作品はすべて柴田さんが訳していていて、特に「ムーン・パレス」という小説は日本翻訳大賞を受賞しているようなので、ぜひ読んでみたいと思います。

 


沼野充義編著『世界は文学でできている』 - igawa's Blog


マーク・トウェイン『トム・ソーヤーの冒険』(新潮文庫) - igawa's Blog