カズオ・イシグロは名作『日の名残り』をなぜ4週間で書けたのか
数年前に読んだ『わたしを離さないで』に続いて、カズオ・イシグロ体験の2冊目になる小説『日の名残り』を読みました。
- 作者: カズオイシグロ,Kazuo Ishiguro,土屋政雄
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2001/05
- メディア: 文庫
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『わたしを離さないで』は衝撃的な作品として有名ですが、本書は1989年度のブッカー賞(英文学の最高峰)の受賞作として知られています。それはさておき、読み終えてこんなにじわーっと感動した小説はありません。テーマが特別面白いわけでもなく、ストーリー展開にハラハラするわけでもなく、意外なラストを迎えるわけでもないのにもかかわらず、なぜかもう一度読み返してみたくなりました。
品格ある執事の道を追求し続けてきたスティーブンスは、短い旅に出た。美しい田園風景の道すがら様々な思い出がよぎる。長年仕えたダーリントン卿への敬慕、執事の鑑だった亡父、女中頭への淡い想い、二つの大戦の間に邸内で催された重要な外交会議の数々ーー過ぎ去りし思い出は、輝きを増して胸のなかで生き続ける。(ハヤカワepi文庫の紹介文より)
この名作については、既に多くの書評が書かれているでしょうから、レビュー的なことはそちらに任せることにして(本当はちゃんと書ける自信がないから)、ここではクーリエ・ジャポン2015年2月号に掲載されていた、カズオ・イシグロへのインタビュー記事から本作に関する裏話を紹介します。
カズオ・イシグロは、なんとこのブッカー賞受賞作『日の名残り』をわずか4週間で書き上げたのだそうです。そんなことがどうやってできたのでしょうか。
実は、彼の2作目の小説が成功したとたん、新しい企画の依頼、パーティへの招待、山のような手紙が舞い込み始め、本業の作家活動に専念できなくなり、前年の夏に着手した新作(日の名残り)の執筆がほとんど進まなくなります。そこで、イシグロは奥さんと一計を案じます。
私はそれから4週間、容赦なく他の用事を切り捨て、「クラッシュ」という謎めいた名前をつけた、いわゆる缶詰め期間に入る。クラッシュ期間中、月曜から土曜の午前9時から午後10時半まで、執筆以外の活動は一切しない。休憩は昼食に1時間、夕食に2時間とる。手紙は読まないし返事もしない。電話にも出ない。訪問客も断る。
缶詰め期間に入る前に第1章だけは書き始めていたので、イギリスの執事・召使いや第二次世界大戦での外交政策に関する本など、執筆に必要な調査はそれまでに済んでいたようです。なるほど、それなら4週間で可能なのかもしれません。とはいえ、食事以外の一切のことを絶つのは、普通はできないでしょう。
だいたいこのようにして『日の名残り』は書かれた。クラッシュ期間中は、文体も、午前中に書いたことが午後に書いたことと矛盾していないかといったことも気にせず、自由に書いていった。重視したのは、アイディアが浮かび、育っていくのを邪魔しないことだった。ひどい文章、お粗末な会話、どこにもつながらない場面。すべてそのままにして書き続けた。
上の表現からもわかるように最終的な仕上げまでにはまだまだ時間がかかっているものの、想像力を必要とするような物語を進めるためのブレイクスルーはすべてクラッシュ期間(4週間)で終えたとのこと。
この名作を短期間で書き上げたことが凄いというより、集中的な創作活動ができたからこそ傑作が生まれたのではないでしょうか。
モーツァルトが三大交響曲(39〜41番)を、わずか6週間で作曲したように。
ではまた…