igawa's Blog

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野矢茂樹「無限論の教室」

自宅の本棚でふと目に留まったので、10年ぐらい前に読んだ、野矢茂樹「無限論の教室」(講談社現代新書)を再読しました。 

無限論の教室 (講談社現代新書)

無限論の教室 (講談社現代新書)

 

著者は、哲学が専門の東大の先生で、「哲学の謎」「こどもの難問」など哲学入門書のほか、「入門!論理学」「論理トレーニング101題」など論理学の入門書も執筆されています。

本書は「無限」をテーマに、数学の哲学的トピックであるカントール対角線論法ラッセルのパラドックスゲーデル不完全性定理等について解説した入門書です。「何ですかそれは?」という方も多いかもしれませんが、ご安心ください。

場所は大学の研究室。哲学を専門とするタジマ先生が、「ボク」とタカムラさんという女の子に対して講義をする形で話が進んでいきます。講義を行う先生とそれを聞く学生2名という設定なので非常に分かりやすく、また「それは愚劣な答えです」と嬉しそうに言うタジマ先生のキャラクターも魅力的で、扱っている題材が高度であるにも関わらずけっこう面白いです。

まず、アキレスと亀の話が出てきます。有名な「ゼノンのパラドックス」です。
足の速いアキレスが目の前にいる亀を追いかけるのですが、亀がもといた場所に到達したときは亀も止まっているわけではないから前に進んでいます。そこでアキレスはさらに進んで亀が次にいた地点まで到達しますが、でも亀もゆっくり進んでいるから、アキレスより前にいます。この状況がいつまでたっても続くので、アキレスは亀を追い越すことができない、というパラドックスです。
このパラドックスについては、「無限に足し算しても和が無限になるとは限らない(例:1/2+1/4+1/8+ … =1)ので、永遠に追い越せないことはなく、有限な時間で追いつける」という説明を読んだことがあるかもしれません。ただ、この説明だとモヤモヤ感はまったく晴れないですよね。

ここから、タジマ先生は、「無限」に関する2つの考え方を示します。「可能無限」の立場と「実無限」の立場です。

ここで、寄せ集め解釈と切り口解釈の二つの解釈が出てきました。これは実は無限論の系譜を辿るときにたえず現われる対立しあう二つの立場なのです。寄せ集め解釈は、線分には無限個の点がすでに存在していると考えます。それに対して切り口解釈の方は、あくまでも可能性としての無限しか考えません。線分を切断すれば点が取り出せる。そしてそれはいつまでも続けていける。その可能性こそが無限であり、その可能性だけが無限だと言うのです。無限のものがそこにあるのだと考える立場から捉えられた無限は『実無限』と呼ばれ、可能性としてのみ考えられるとされる無限は『可能無限』と呼ばれます。実無限派にしてみれば、可能無限などは本物の無限ではありませんし、可能無限派にしてみれば、実無限などは妄想の産物にすぎません。無限が完結した実体として存在するなど、可能無限派にしてみれば混乱し矛盾した概念でしかないのです。(p33) 

実は、数学者は完全に「実無限」派です。現代の数学は、「実無限」の立場で理論が組み立てられています。しかし本書では、タジマ先生が逆に「可能無限」の立場を主張することを通して、読者に無限というものを理解させるようにできています。(たぶん)

この無限に対する考え方の違いを出発点にして、タジマ先生は最終的に難解な「ゲーデル不完全性定理」の世界まで連れて行ってくれます。

本書の内容をすべて理解することは難しいとは思いますが、この新書は大変な名著だとあらためて思いました。しばらく数学に無縁な方でも、この辺の深遠な世界に入り込んで、基本概念である「集合」とか「無限」についてゆっくり考えてみることは、きっと有意義な体験になることと思います。

 

野矢茂樹先生のおすすめ本】
同じ頃に読んだ本です。これも面白かった記憶があります。

哲学の謎 (講談社現代新書)

哲学の謎 (講談社現代新書)

 

22種類の子供の素朴な疑問に対して、それぞれ2人の哲学者が回答する形式の本。未読。 

子どもの難問

子どもの難問

 

通勤バスの中で、私もトレーニングしました。 

論理トレーニング101題

論理トレーニング101題